経済学者の浜矩子氏が、東京オリンピックの開催は
「正気の沙汰とは思えない」として、
大会開催に突き進む関係者と政府与党を批判している。
AERAdot. 浜矩子「見たくないものは見ない
その決断が我々を惨劇の流砂につれていく」
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「東京オリンピックの開幕が
すぐそこまで迫ってきている。
どうも、本気でやるつもりらしい。
この時を待ちわびてきた選手の皆さんには
実に申し訳ないが、『開催』という選択は、
到底、正気の沙汰とは思えない」
これは 、"eyes wide shut", つまり
「見たくないものは見ない、都合の悪いことが
迫ってきたら、力いっぱい目を閉じる。
目あれど見ない状態で、大惨事に向かって突入していく」
状態だという。
そしてこれが日中戦争や太平洋戦争に突入させた感性と
同じだと指摘し、こう結んでいる。
「力の限り閉じられた目の持ち主たちが、我々を
惨劇の流砂に引き込んでいく。
そうならないことをひたすら祈るばかりだ」
要するに浜氏は、オリンピックが戦争と同じで、
大惨事を招くと思っているのだ。
最初に断っておくと、浜氏の歴史認識は
あながち間違いではないと私は思っている。
「食うか食われるか」「やらなければやられる」という
帝国主義の切迫した状況下であったとしても、
「見たくないものは見ない」という感性が
そこに少しも存在しなかったかといえば、
そうではないからだ。
ノモンハンで敗北してもなお、日本軍はソ連軍より
強いという認識は変わらなかったし、
海上交通路の破壊と船舶の逼迫は予想されていたにも
かかわらず、日本は対英米戦に突入した。
どこかで「見たくないものは見ない」という
心理がはたらいていたのではないか。
これは人間の自然な防御反応でもあるから、
今だって私たちは容易にこうした心理に陥る。
だからこそ、それを認識しておかないといかんぞ、
というのが、あの戦争が教えてくれたことの
ひとつだと私は思っている。
だけど、だ。
オリンピックが戦争か?
ドゥーリットル空襲で町が焼かれるのか?
艦砲射撃で吹っ飛ばされるのか?
原爆落とされて多くの人が瞬時に消されてしまうのか?
浜氏がいう「大惨事」とは、コロナの感染が拡大することだろう。
完全にメディアの煽りや脅しを鵜呑みにしている「コロナ脳」だ。
経済学者として海外でも活躍していた人なのに、
欧米と日本の差ぐらいわからないのだろうか。
感染者数も死者数も桁違いに少ない日本の現状に
"eyes wide shut" になっているのではないか。
身の回りに死者はどれほどいますか?
感染者はどれほどいますか??
その感染者の多くは、今どうなっていますか???
この3つの素朴な質問だけで、
常識ある人はハタと気付く。
コロナはメディアで騒がれているほど
たいしたことはない、と。
浜氏はメディアの言っていることばかりに気を取られ、
自分の身の回りに対して "eyes wide shut"に
なっているのではないか??
それでもオリンピックを敵機来襲であるかのように
捉えるのなら、歴史を知らない人であり、彼女こそ
「見たくないものは見ない」人なのだろうと
言わざるを得ない。
恐ろしいのはオリンピックの開催ではない。
コロナに対する無責任な煽りであり、
ワクチンの絶対視であり、それに伴う同調圧力だ。
浜氏のオリンピック批判を
ワクチンパスポートに言い換えれば、
私には至極納得がいく。
「ワクチンパスポートの発行が
すぐそこまで迫ってきている。
どうも、本気でやるつもりらしい。
この時を待ちわびてきたワクチン信奉者の皆さんには
実に申し訳ないが、『パスポート発行』という選択は、
到底、正気の沙汰とは思えない」
何が本当の危機なのか。
それが問われている。
もう何度もブログで書いているけれど、
自分がコロナ怖いからって、何でもかんでも
軍部や戦争になぞらえるのはやめてほしい。
戦後知識人の悪しき思考パターンだ。